通奏低音として
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さて、いろいろとツッコミどころはありますが、まず一つ、0分46秒辺りで、「(奇跡講座は)天国ではなく地獄へと導きます」と言われていますが、これに関して、一言だけフォローしておきます。
はじまりに近づくにつれて、あなたは自分の思考体系が破壊されるという恐れを、あたかもそれが死に対する恐れであるかのように、自分の身に感じる。死というものはないが、死を信じる信念は確かに存在している。
(T-3.VII.5:10-11)
このように、はじまりに近づくにつれ、「身の破滅」をいよいよリアルに「実感」するようになります。
その段階どまりですと、たしかに、「奇跡講座は人を天国ではなく地獄に導いている」としか感じられません。
ですから、上の主張は別に間違っているわけではありません。
ただし、「その先」がある、ということです。
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ヘレンさんが晩年、味わったとされる「心の地獄」の状態は、実のところ、単に、無意識の深い闇が本人の自意識において顕在化したものにすぎません。
「~にすぎません」と、軽く書きましたが、これは実際に、「自分はもう二度と助からない」とか、「自分は何もかもを間違え、失敗してきた」とか、「自分が生きていることで世界が滅んでいく」とか、その他、ありとあらゆる「否定的な」感覚がリアルな心境です。
人の無意識の闇には、そういう層が実際にあります。
生まれてから時系列的に表現すると、これは、出生前あるいは出生後に体験する、「分離」そのものを遡行的に再体験している状態です。
やがて「自分は全てから分離している」という感覚が「確固たる」ものになってくると、その上に自意識の萌芽が形成されます。
分離の上で人は喜び、怒り、悲しみ、楽しんでいます。
その分離がいよいよ癒されるときに、「心の地獄」もまたいよいよその「リアリティ」を増す、ということです。
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ざっと概観しましたが、例えばこのように、伝統的な宗教からの警告は、別に間違っているわけでも事実無根なわけでもありません。
「その先」に脱けることができなかったという点で、マザー・テレサのことに言及します。
マザーの死後、書簡集が出版されたそうですが、そこには、マザーが生涯にわたって苦悩し続けたことが赤裸々につづられていたそうです。
そのため、現在では、マザー・テレサは聖人ではなく、生涯苦悩し続けた人という位置づけになっているらしいです。
この点に関しては、日本語のサイトではなく海外のサイトの方が詳しいようです。
ただし、このことは人としてのマザーの価値を貶めるものではありませんから、批判には値しません。
むしろ、聖人として「雲の上の人」だったのではなく、普通の人と同じように悩み続け、道を模索し続けた人だったということで、いわゆる「人間マザー・テレサ」という感じで親しみも増し、距離感はぐっと近づくと思います。
結局のところ、「貧しい人々を救いなさい」という、彼女が受け取った「啓示」にしても、あれは単に、それ以前から彼女がしたかったことを言われたにすぎなかったようで、では、あの啓示はとどのつまり、「あなたのしたいことをしなさい」というだけだった、のかもしれません。
象徴的に解釈するならば、啓示でいう「貧しい人々」とはマザー自身のこと、すなわち、マザー自身が自分の全体性から解離させてきたサブパーソナリティのことを指しています。
マザーに限らず、人は皆、自分の全体性から解離させてきたサブパーソナリティを、誰彼構わず投影して、それが実際にその人だとするものですから。
ですから、自分以外の人を救うのではなく、自分以外の人を救うという活動を通して、結果的に自分自身が救われる、ということです。
それが先の啓示の真意ではなかったかと思われます。
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さて、このサイトでは、ヘレンさんが晩年に味わったとされる「心の地獄」ということを、どこかで絶えず意識しながら書くことになると思います。
その意味で、晩年のヘレンさんの心境を「通奏低音」としてみた次第です。
(2026.10.21)